リーンスタートアップは、開発にかかる時間やコストを圧縮できるマネジメント手法です。実際にリーンスタートアップを導入すると、どのような効果が見込めるのでしょうか。本記事ではリーンスタートアップのメリット・デメリットに加えて、全体のプロセスや具体例を紹介します。
目次
リーンスタートアップとは?
リーンスタートアップとは、最低限の機能をもったプロダクトを作り、顧客の反応を早い段階で確認するマネジメント手法です。リーン(lean)には「無駄がない」「効率的な」などの意味があり、できるだけムダを削ぎ落した手法とも言い換えられます。
リーンスタートアップの起源は、米国シリコンバレーの起業家であるエリック・リース氏といわれています。同氏は2008年に自身の成功体験を「リーンスタートアップ」として紹介し、2011年には著書『The Lean Startup』を出版したことで注目を浴びました。
その後、本書はビジネス書として世界中でベストセラーとなり、日本にもリーンスタートアップの考え方が広まっています。
アジャイル開発との関係性
アジャイル開発とは、複数回に分けて開発を繰り返すことで、フィードバックを反映しながらプロダクトをアップデートする開発手法です。1週間から1ヵ月周期でサイクルを反復し、細かい仕様を変更しながら1つのプロダクトを作り上げます。
リーンスタートアップとアジャイル開発は似ており、いずれもプロダクトの提供を通して検証データを集め、本格的な市場投入の前に改善していく手法です。ただし、厳密には次のような違いがあります。
・リーンスタートアップ
顧客開発(※)を主軸として、フィードバックをもとに構築を繰り返す
・アジャイル開発
短期間でPDCAサイクルを回し、新たな機能を追加していく
上記の他、ソフトウェアの開発手法をアジャイル開発、商品開発や新規事業の手法をリーンスタートアップと区別する場合もあります。
(※)顧客の問題を把握・理解し、その解決方法がニーズにあっているかどうかを判断すること。
リーンスタートアップの5つのプロセス
一般的にリーンスタートアップでのプロダクト開発は、以下の流れで進められます。
- 価値仮説と成長仮説を立てる
- 顧客像を設定してMVPを構築する
- 顧客の反応を計測する
- 検証データから学習する
- 仮説構築・検証・学習を繰り返す
ここからは5つのプロセスに分けて、実際の進め方やポイント、注意点などを解説します。
1.価値仮説と成長仮説を立てる
必要なデータが明確になっていないと、検証とプロダクト改善の方向性を誤ってしまう可能性があります。そのため、リーンスタートアップでは検証を始める前に、以下の仮説を立てることが重要です。
・価値仮説
プロダクトの提供で、どのような層にどういった価値を提供できるのか
・成長仮説
プロダクトを市場投入することで、持続的に成長できるのかどうか
例として、在庫管理を自動化するシステムについて考えてみましょう。
<価値仮説の例>
中小企業を含む多くの製造業は、人件費削減のためにDXを考えている。特に単純作業が中心の在庫管理にはシステムを導入しやすいものの、「操作が難しいのではないか」と不安になっている企業は多い。そのため、使い慣れたデバイスで簡単に操作できるシステムを提供すると、価値を感じてもらえる可能性が高いだろう。
<成長仮説の例>
倉庫管理システムの市場は○○億円であるため、シェア1%を獲得できると年間△△円の売上を見込める。システムの使いやすさが評価されれば、さらにシェアは年間□□%ずつ増えていくだろう。
上記のように具体的な仮説を立てておくと、検証時に収集すべきデータが分かりやすくなります。
2.顧客像を設定してMVPを構築する
顧客開発を主軸とするリーンスタートアップでは、早い段階で顧客像を明確にしておく必要があります。次は前述の価値仮説をもとに、「どのような会社・個人が顧客になるのか」や「潜在客がどのような課題を抱えているのか」を考えましょう。
顧客像を設定したら、必要最低限の機能をもたせたMVP(Minimum Viable Product)と呼ばれるプロダクトを作ります。在庫管理システムを例にすると、単に在庫量を数えるだけのシステムや、映像から在庫を検知できるシステムなどがMVPにあたります。将来的にはさらに機能を充実させますが、この段階では必要最低限のものだけで問題ありません。
3.顧客の反応を計測する
MVPを作ったら顧客に提供し、必要なデータを収集します。
分かりやすいデータとしては、契約の数や継続率、プラン切り替えによる売上などが挙げられます。しかし、新規事業は成果が変動しやすいので、一般的な管理会計では精度の高い予測が立てられません。
そのため、リーンスタートアップでは「革新会計(イノベーションアカウンティング)」と呼ばれる会計手法が使われます。
<革新会計の流れ>
1.MVPを顧客に提供してデータを収集する
2.収集したデータと理想の状態を比較する
3.理想の状態に近づくように、プロダクトや計画を調整する
革新会計では、前述の価値仮説・成長仮説が正しいかを判断するために、実態と理想の状態を比較します。仮にプロダクトや計画の調整が難しい場合は、プロジェクト全体をピボット(方向転換)することも検討しなければなりません。
4.検証データから学習する
顧客の反応や革新会計から得たデータを活用して、MVPを改善していきます。特に顧客が不満に感じている点や、新たに求めている機能については重点的に改善しましょう。
また、マネジメント手法やマーケティング施策など、プロダクト以外に課題を抱えている場合もあります。これらの点も含めて、新規事業全体の計画を見直してみてください。
5.仮説構築・検証・学習を繰り返す
ここまで進んだら、価値仮説・成長仮説が間違っていなかったかを確認し、必要に応じて軌道修正をします。その結果、新たに検証する必要が生じた場合は、再度同じプロセスを繰り返しましょう。
仮説構築・検証・学習のサイクルを回すと、顧客のニーズをより満たす形でプロダクトが改良されていきます。改良する部分が見当たらなくなったら、本格的にプロモーション、営業、組織開発を始動させます。
リーンスタートアップでプロダクトを開発するメリット
リーンスタートアップでプロダクトを開発すると、コスト面などの課題を解決できる可能性があります。また、市場に投入するスピードが上がることで、他にも様々なメリットが生じます。
コスト面のハードルが低い
プロダクトが完成してから市場に投入するウォーターフォール開発に比べると、リーンスタートアップはコストを抑えやすい特徴があります。
リーンスタートアップで開発するプロダクトの主なターゲットは、新しい商品・サービスに関心をもつアーリーアダプター(初期採用者)です。機能やデザインが洗練されていなくても、一定数のアーリーアダプターから注目されてフィードバックを受け取れれば、その後の開発がスムーズに進みます。
また、仮にプロジェクトを断念したとしても、初期であれば大きな損失にはなりません。本格的にプロジェクトを進める前にリスクを判断できるため、大きなコストや労力がムダになる可能性も抑えられます。
新しいプロダクト・技術を市場にいち早く投入できる
技術や流行の移り変わりが激しい業界では、市場投入までのスピードが成功を左右することもあります。その点、リーンスタートアップでは未完成でも必要最低限の機能を持つプロダクトを投入するため、スピード面で競合を出し抜ける可能性があるでしょう。
仮にそのプロダクトが大きな収益につながらなくても、革新的なプロダクトや技術を公開した企業は注目されます。そのまま次のプロジェクトへと取りかかれば、注目度・知名度の面で有利になれるかもしれません。
顧客のニーズをすばやく反映できる
リーンスタートアップでは早い段階で顧客からのフィードバックを受け取り、プロダクトにすばやく反映できるため、ニーズとの乖離を防ぎやすい特徴があります。
従来のウォーターフォール開発では、完成したプロダクトを市場に投入するので、フィードバックを得られるタイミングが後になります。そのため、開発期間中に市場のニーズが変わったり、自社のプロダクトを超える代替品が台頭したりすると、大きな損失につながるかもしれません。
リーンスタートアップはなぜ時代遅れとされる? 主なデメリットを解説
リーンスタートアップには次のデメリットがあるため、時代遅れとする意見も見られます。
<リーンスタートアップのデメリット>
・信用性や信頼性に影響しやすい
・悪評が広まるリスクがある
・プロダクトによっては検証でコストがかさむ
投入するプロダクトに必要最低限の機能が備わっていないと、悪評によって会社の信用・信頼が下がるかもしれません。また、最先端の技術を扱うようなプロダクトは、検証だけで大きなコストがかかる場合もあります。
また、短期間でニーズが変わりやすい分野や、流行に左右されやすい業界は、検証・改善のプロセスに追われ続けることが予想されます。リーンスタートアップが適さないプロダクトもあるため、導入すべきかを慎重に判断しなければなりません。
このようなリスクへの対処法としては、「リーンキャンバス」の活用が有効です。リーンキャンバスは、9つの観点からプロダクトを分析することで、自社の強みやリスク要因を網羅するためのフレームワークです。
<リーンキャンバスの要素>
1.顧客セグメント:ターゲットにする組織やアーリーアダプター
2.課題:現状でできないこと、今後したいこと、市場にある代替品
3.独自の価値提案:現状でできること、将来的に向上できること
4.解決策:解決できる顧客の課題
5.チャネル:主なマーケティング施策
6.収益の流れ:取引単位や契約単位での収入、初期の導入費用
7.主要指標:達成率や申し込み数などの検証データ
8.コスト構造:人件費や広告費、研究開発費など
9.圧倒的な優位性:競合他社に比べた強み
上記の要素を一つずつ整理し、リーンスタートアップを導入した際の費用対効果を判断してみてください。
リーンスタートアップに適した業界は? 3つの具体例
リーンスタートアップにはデメリットもあるため、導入範囲は慎重に判断することが重要です。一方で適している分野や事業に導入をすれば、期待以上のメリットを実感できる可能性もあるでしょう。
実際にはどのような業界で導入されているのか、以下で国内企業の事例を紹介します。
カスタマーファーストのプロダクトを目指す/テックピット
Techpitは、アプリなどを作りながら実践的なプログラミングスキルを学べるマーケットプレイスです。本サービスを開発した株式会社テックピットは、リーンスタートアップの方法論に基づいて様々なプロダクトを開発しています。
定量・定性のデータを集め、できるだけ小さい領域(スコープ)での仮説を立て検証を行う流れを繰り返すことで、カスタマーファーストのプロダクトを目指しています。
参考:テックピット「Techpit(テックピット)」
参考:Wantedly「株式会社テックピット」
開始3ヵ月でベータ版アプリをリリース/オプティマインド
株式会社オプティマインドは、ラストワンマイルに着目した配送ルート最適化サービスを提供する企業です。同社は、キックオフからわずか3ヵ月でベータ版の配送業者向けドライバーアプリを開発し、実際のドライバーを対象として実証実験を行いました。
検証の結果、操作性やレスポンスに課題があることが判明し、正式リリース版にはナビアプリを追加で搭載しています。また、デバイスに不慣れなユーザーに向けては、視認性の高いデザインを取り入れて操作面をサポートしました。
同社は株式会社モンスターラボホールディングスと協働する形で、プロジェクト開始からわずか6ヵ月でネイティブアプリを完成させています。
参考:モンスターラボホールディングス「配送業者向けドライバーアプリ」
3週間でアプリをリリース/シェアグリ
株式会社シェアグリは、農業分野の課題解決に取り組むスタートアップです。同社は2019年に、農業に特化したアプリ「シェアグリ」をリリースしました。
農業は繁忙期と閑散期に分かれており、繁忙期の人手不足が問題になっています。特に繁忙期に足りない労働者を短期間だけ雇用したいというニーズがあります。
そこで同社は、農業に興味を持つユーザーと農家を結びつける業態を考案しました。実際の開発にあたっては、株式会社ガイアックスのスタートアップスタジオを活用しており、相談からわずか3週間でアプリをリリースしています。
参考:ガイアックス「農業人材のシェアリングにより農家の人手不足を解決 日本初!農業に特化したデイワークアプリ『シェアグリ』をリリース 」
参考:note「日本初の農業デイワークアプリ『シェアグリ』がわずか3週間でリリースできた理由 〜シェアグリ×Gaiax開発部インタビュー後編〜」
リーンスタートアップの考え方やプロセスを参考にしよう
リーンスタートアップにはデメリットもありますが、時代遅れの開発手法とはいいきれません。少ないリソースでプロダクトを開発できる、軌道修正が柔軟にできるなど、新規事業の立ち上げに向いている特徴はいくつもあります。
新規事業を検討している企業は、リーンスタートアップの考え方やプロセスを参考にしながら、プロダクトの開発計画を考えてみてはいかがでしょうか。
【関連記事】