デザイン思考とは、「ユーザーのニーズ」を起点にプロダクト開発や課題解決をするアプローチです。
昨今のビジネス環境の変化によって、仮説検証型のアプローチでは通用しなくなった分野が増えたため、デザイン思考はさまざまな業界から注目されています。
デザイン思考とは、ユーザーを中心に据えた革新的な問題解決アプローチです。ただし、デザイン思考は万能ではありません。また、効果を得るには正しい手順を踏む必要があります。
本記事ではデザイン思考の概要に加えて、ビジネスに活かすためのプロセスや注意点、相性が良いフレームワークを紹介します。
デザイン思考は「プロダクト開発」や「課題解決」に役立つ
現代のビジネス環境は「モノ余りの時代」と言われるほど、多様な商品やサービスが市場に溢れています。その影響で、ユーザー自身が求めているものを見失うこともあり、外側からは本質的なニーズを見極めることが難しくなっています。
このような環境下でも、デザイン思考はユーザーのニーズを起点にモノ作りができることから、プロダクト開発や課題解決の手法として注目されるようになりました。
デザイン思考はユーザーの本質的なニーズに寄り添うことで、以下のような効果が期待できます。
<デザイン思考を取り入れることによる効果>
・多様な意見をプロダクトに反映できる
・プロダクトや開発企業がユーザーから支持されやすくなる
・客観性があり、納得してもらって多くのメンバーを商品開発に巻き込める
デザイン思考の有用性は多方面から評価されており、2018年には経済産業省と特許庁が「デザイン経営の推進」を宣言しました。
また、同年9月には経済産業省の「DXレポート」で、ベンダー企業に求められる人材として「ユーザー起点でデザイン思考を活用し、UX(ユーザエクスペリエンス)を設計し、要求としてまとめあげる人材」が挙げられています。
参考:特許庁「特許庁はデザイン経営を推進しています | 経済産業省 特許庁」
参考:経済産業省「DXレポート~ITシステム「2025年の崖」克服とDXの本格的な展開~(METI/経済産業省)」
デザイン思考(デザインシンキング)とは
デザイン思考(デザインシンキング)とは、ユーザーが考えていることや感情に重点を置き、本質的な課題を解決するためのアプローチです。
簡単に言い換えると、デザイナーの思考法を取り入れたアプローチで、その特性から「ヒューマン・センタード・アプローチ」とも呼ばれています。
例えば、インテリアや家電のデザイナーは製品設計を行う前に、「ユーザーがどのように使うか」「どのような課題を解決するか」を考えながら機能や形状、配色などを分析します。
つまり、ユーザーのニーズを把握してから設計を行うため、デザイン思考ではニーズに即した製品・サービスを作りやすくなります。
アート思考やロジカルシンキングとの違い
プロダクト開発や課題解決のアプローチは、デザイン思考だけではありません。「アート思考」や「ロジカルシンキング(論理的思考)」も代表的な手法であり、デザイン思考とはプロセスや視点が異なります。
アート思考とは、業界やビジネスに関する固定観念を取り払い、自由な発想で独創的なアイデアを形にしていくアプローチです。芸術家の思考法に近いものであり、自らの考え方や感情をもとにプロダクト開発や課題解決を行っていきます。
また、ロジカルシンキングでは得られた情報や事実をもとに、矛盾のない筋道を立てながら課題解決を目指します。一般的にはロジックツリーや3C分析、ピラミッドストラクチャーなどのアートイノベーションフレームワークやビジョンスケッチなどのフレームワークを用いて、ビジネスを取り巻く要素を1つずつ分解し、「なぜ問題が起きているのか」や「なぜこのニーズがあるのか」などを明確にしていきます。
一方で、デザイン思考は「ユーザーのニーズ」を起点にしたアプローチです。アート思考のように主観的な視点で分析することはなく、課題や事象から分析するロジカルシンキングとも起点が異なります。
デザイン思考の5つのプロセス
デザイン思考のプロセスとして、スタンフォード大学のハッソ・プラットナー・デザイン研究所(※)は以下のステップを提唱しています。
(※)通称では「d.school」と呼ばれる、米国でイノベーションの研究を行う大学機関。
1.共感(Empathize)
2.定義(Define)
3.概念化(Ideate)
4.試作(Prototype)
5.テスト(Test)
ここからは5つのプロセスに分けて、具体的な手順やポイントを解説します。
1.共感(Empathize)
ニーズを正確に捉えるには、企業側がユーザーの立場になり、ユーザーに共感する必要があります。これまでの固定観念や思い込みは参考にならないため、商品が使われている場面を観察したり、ユーザーと同じ視点から体験したりするアクションを起こしましょう。
インタビューも1つの選択肢ですが、形式的な質問では本質的なニーズを引き出せません。ユーザー本人も気づいていない潜在的なニーズまで捉える必要があります。
例えば、日常会話のような雰囲気でインタビューを進めていき、リラックスさせた状態で探っていくなど、相手に合わせたさまざまなアプローチでニーズを深掘りしていきましょう。
2.定義(Define)
ユーザーに共感できる部分を見つけたら、チームに持ち帰ってメンバーと話し合い、自社が取り組むべき課題を定義していきます。本人が気づいていない部分も含めて、「なにが求められているのか」や「なぜ不満があるのか」を掘り下げましょう。
例えば、法人向けのストレージサービスを利用している中小企業が、データ管理の手間で悩んでいるとします。この場合、根本の原因として「直感的に操作できない仕様」や「権限管理の煩雑さ」などが考えられます。
そして、それを受けての課題は「わかりやすいデザインにすること」や「シンプルな権限管理機能があるシステムを実装すること」が候補になるでしょう。
このように1つ目のプロセスで得た共感を丁寧に深掘りし、優先的に取り組むべき課題を探してみましょう。
3.概念化(Ideate)
取り組むべき課題を定義したら、できるだけ多くの解決法を考えます。この段階では、どのアイデアが解決に結びつくかを判断することが難しいため、質ではなく量を意識しましょう。
具体的な手法としては、多様なメンバーを集めた「ブレインストーミング」が挙げられます。ブレインストーミングとは、意見の否定や結論を出すことは避けて、とにかく豊富なアイデアを提案・共有するアプローチです。
<ブレインストーミングの流れ>
1.テーマやゴールを決める
2.「批判禁止」「アイデアを組み合わせる」などのルールを設定する
3.時間や進行を管理するファシリテーターを決める
4.ホワイトボードや付箋を使ってアイデアを出し合う
5.アイデアの分類や評価を行う
6.有効なアイデアを絞り込む
多角的なアイデアが浮かぶ状況であれば、ブレインストーミング以外の方法でも問題ありません。
4.試作(Prototype)
次のステップでは、試作品(プロトタイプ)を作ります。あくまで試作段階であるため、コストや時間をかけて細かい機能にこだわる必要はありません。
ユーザーのニーズを意識して試作品を作ることで、以下のような効果が期待できます。
<デザイン思考の中でプロトタイプを作る効果>
・ユーザーが抱える課題や解決法を常に考えられる
・プロダクトの強みや新たな改善点に気づける
・さまざまなアイデアを実装できる
コストをかけず「早く安く失敗すること」も試作品を作る目的です。失敗を恐れずにとにかく形にして、次の議論へとつなげましょう。
5.テスト(Test)
試作品が完成したらユーザーテストを行い、ポジティブな点もネガティブな点も含めたフィードバックを受け取ります。このときのフィードバックもユーザーのニーズの現れであるため、どのような意見にも耳を傾けましょう。
改善点を見つけたら最初のプロセスに戻り、1~5を繰り返して試作品をブラッシュアップします。目新しい機能などを搭載する場合は、ユーザーに複数の試作品を比較してもらうことで効果的な機能かどうかを判断しやすくなります。
デザイン思考の注意点
デザイン思考は現代のビジネス環境に適したアプローチではあるものの、万能な手法とはいえません。また、効果を最大化するためには体制を整備し、十分なリソースを投下する必要があります。
ここからは、デザイン思考を導入する際の注意点を3つ紹介します。
1.ゼロベースからの創出には不向き
デザイン思考は「ユーザーのニーズ」を起点にするため、ゼロベースからの創出には不向きです。
これまでに誰も目にしたことがなく、機能性を想像できないようなプロダクトをつくる際、デザイン思考からは有用なフィードバックを得られません。
開発者側から見てもユーザーの立場になることが難しく、「共感」のプロセスでつまずくでしょう。ただし、既存製品から派生した代替品など、機能性を想像できるようなプロダクトであれば、デザイン思考は有用です。
2.メンバーによって結果が変わる
デザイン思考では定義した課題に対して、できるだけ多くのアイデア(解決策)をアウトプットします。このときのアウトプットはメンバーに左右されるため、チームの組み方で悩まされるかもしれません。
特に知識や経験が偏ったメンバーになると、多角的なアイデアが生まれにくくなります。積極的に発言できる人材を集めることも重要ですが、まずは多様性を意識してメンバーを選びましょう。
3.組織への浸透に時間がかかる
デザイン思考の土台が全くない組織では、プロセスや効果を理解させるのに時間がかかります。特にロジカルシンキングなど別の思考法が根付いている場合は、アプローチ起点が異なることもあり、デザイン思考を浸透させること自体が難しい場合もあるでしょう。
メンバーの理解は必須になるため、まずは従来のアプローチとの違いや、デザイン思考ならではのメリットを周知することが重要です。有用なアイデアが出やすい環境を整えるために、焦らずに浸透させることを意識しましょう。
デザイン思考と相性が良いフレームワーク
デザイン思考の導入時には、フレームワークを用いることで効果を高められる可能性があります。ここからはデザイン思考における使い方も含めて、代表的なフレームワークを紹介します。
共感マップ
共感マップは、設定したペルソナの視点からユーザーの行動や感情を分析し、ニーズを掘り下げていくフレームワークです。
最初にペルソナの属性(年齢や性別、家族構成、趣味、価値観など)を設定したら、以下の6つの要素を書き起こします。
1.ペルソナの考えや感情
2.ペルソナの発言や行動
3.ペルソナが聞いていること
4.ペルソナが見ているもの
5.ペルソナが痛みやストレスを感じていること
6.ペルソナが得たいもの、または欲しいと感じているもの
作成した共感マップはあくまで想像の域に過ぎないため、ヒアリングなどを通して仮説検証を行います。デザイン思考では「共感」のプロセスに取り入れることで、ユーザーの視点で物事を考えやすくなるでしょう。
ビジネスモデルキャンパス
ビジネスモデルキャンパスは、考えているプロダクトや事業内容を1枚のシートに落とし込み、俯瞰して分析するためのフレームワークです。
分析対象のプロダクトを決めたら、9つの要素を書き込んでいきます。
<ビジネスモデルキャンパスの要素>
1.顧客セグメント:プロダクトを提供するユーザー、重要性の高いユーザー
2.提供価値:ユーザーに提供する価値、プロダクトによって満たせるニーズ
3.チャネル:ユーザーに価値提供するためのチャネル(媒体や場所)
4.顧客との関係:ユーザーと構築したい関係性やその手段
5.収益の流れ:どのように収益を受け取るか、どのような価値に金銭を払ってもらうか
6.リソース:価値提供のために必要なリソース
7.主要活動:価値提供のために必要な主要活動
8.パートナー:サプライヤーやパートナー企業
9.コスト構造:価値提供をするまでに発生するコスト
デザイン思考においては、「概念化」や「試作」のプロセスで役立つ可能性があります。また、ユーザーテストの完了後にビジネスキャンパスモデルを用いることで、新たな課題が見つけやすくなるでしょう。
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ビジネスモデルキャンバスの作成方法とは? 9つの構成要素と参考事例を紹介
事業環境マップ
事業環境マップは、プロダクトや事業に影響する外部要因を分析するフレームワークです。マクロとミクロの視点に分けて、「トレンド・経済・市場・業界」の観点からビジネスを分析します。
トレンド(マクロ):新しい技術の確立、社会現象など
経済(マクロ):設備コストや人材コスト、インフラコストの増減など
市場(ミクロ):消費行動の変化、ユーザーの増減など
業界(ミクロ):新規参入者、イノベーションの取り組みなど
ビジネスモデルを検証するフレームワークであるため、前述のビジネスモデルキャンパスとの併用が望ましいでしょう。
デザイン思考を正しく理解し、上手に活用しよう
ユーザーのニーズを起点にするデザイン思考は、プロダクト開発やユーザー課題の解決に役立ちます。共感マップやビジネスモデルキャンパスなどと併用すれば、ユーザーニーズを的確に捉えることができるでしょう。
ただし、デザイン思考は万能でなく、デメリットや不向きなシーンも存在します。
アプローチの特性をしっかりとおさえて、適切なシーン、正しいプロセスでデザイン思考を上手に活用しましょう。
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