新規事業において仮説検証は欠かせません。なぜなら、最初から正しい方向性で進めることは容易ではなく、どのようなビジネスにもさまざまなリスクや変動要因が存在しているからです。
仮説検証の精度を高める手法としては「ジャベリンボード」の活用が有効です。ジャベリンボードは、顧客設定から段階的に仮説立てを行い、その内容を踏まえて繰り返し検証を行うためのフレームワークです。
本記事では具体例を交えながら、ジャベリンボードを活用することによる効果や作成手順について解説します。
ジャベリンボードは仮説検証の質を高める
ジャベリンボードは、顧客・課題・解決策の観点から「最優先で検証すべき前提条件」を決めて、仮説検証の精度を高めるフレームワークです。丁寧に段階を踏みながら仮説立てを行うことで、検証の方向性を誤るようなリスクを抑えられます。
<ジャベリンボードを作成する流れ>
- プロジェクトに関わる人物を集める
- 具体的な顧客像と問題を設定する
- 解決策(ソリューション)を考える
- 最優先で検証すべき前提条件を決める
- 検証方法や基準を決める
- 実際に検証して仮説を修正する
検証後には得られた結果をもとに前提条件を修正し、再び検証を行って仮説をブラッシュアップしていきます。最終的には「そのビジネスが成立すると考えられる理由」を表すデータと根拠が得られるため、新規事業の分析などに役立ちます。
ジャベリンボードとは?
ジャベリンボードとは、米国のJavelin社が考案したビジネス用のフレームワークです。仮説検証の方法を見定めたり、検証結果の精度を高めたりする目的で作成します。
実験の場で使われることが多く、正確にはexperiment(実験)を加えて「Javelin experiment board」と呼ばれます。参考として、以下では海外の希少疾患情報プラットフォームである「Share4Rare」が公開しているテンプレートを紹介します。
ジャベリンボードによる仮説検証は、「顧客・課題・解決策」の3つの要素を設定し、最優先で検証すべき前提条件を立てる流れで行います。また、実際の検証後には仮説を修正し、同じ方法を繰り返して検証結果の精度を高めていきます。
ジャベリンボードを活用する効果
ジャベリンボードを作成する目的は、正しい仮説を見つけて精度の高い検証結果を得ることです。具体的にどのような効果が期待できるのか、ビジネスで活用するケースを想定して解説します。
最優先で検証すべき前提条件が明確になる
ジャベリンボードは、自社にとって重要度の高い顧客・課題・解決策を想定し、その想定が成立する前提条件を設定するものです。正しい流れで作成することで、最優先で検証すべき前提条件が明確になります。
仮説検証はビジネスの成功を左右しますが、時間やコストには限りがあるため、すべての事象を検証することはできません。深刻なリスクや懸念点を優先してデータを収集していくことになります。
仮説立てと検証結果の精度が上がる
ジャベリンボードでは、顧客設定から1つずつ段階を踏んで丁寧に仮説検証を行うため、仮説立てと検証結果の精度が上がります。
仮説の立て方がまずくても、誤った方向であることに気づかず検証まで進めてしまうかもしれません。検証にもコストや労力がかかるため、仮説立ての精度にこだわることも重要です。
仮説検証の進捗を管理しやすくなる
ジャベリンボードを作成すると、これまでどのような仮説検証を行ってきたのか、仮説検証がどの時点まで進んでいるのかが明確になります。これまでのプロセスを可視化できるため、進捗を管理しやすくなります。
さまざまなリスクや変動要因が潜む新規事業では、仮説検証を何度も繰り返すことになります。回数が増えると状況を整理しきれなくなる可能性があるため、進捗はきちんと管理する必要があります。
ジャベリンボードの作成手順
前章で紹介したジャベリンボードのテンプレートは、あくまで一例です。ジャベリンボードに決まった形はありませんが、基本的には以下のような流れで作成します。
- プロジェクトに関わる人物を集める
- 具体的な顧客像と問題を設定する
- 解決策(ソリューション)を考える
- 最優先で検証すべき前提条件を決める
- 検証方法や基準を決める
- 実際に検証して仮説を修正する
ここからは、各プロセスの進め方やポイントを解説します。
1.プロジェクトに関わる人物を集める
ジャベリンボードは一人でも作成できますが、チーム全体でアイデアを出し合うと精度を高めやすくなります。そのため、まずはプロジェクトに関わる人物を集めて、仮説検証を推し進めるチームを作りましょう。
チームを組んだらジャベリンボードの仕組みを説明し、作成する目的を共有します。
基本的には、自由にディスカッションをするブレインストーミングを繰り返して、顧客・課題・解決策を設定するところから始めます。いきなり精度の高い仮説を立てることは難しいため、最初のうちは5分程度のブレインストーミングを繰り返す方法でも構いません。
2.具体的な顧客像と問題を設定する
仮説検証のチームを形成したら、ブレインストーミングをして「顧客」の項目から埋めていきます。事業によってはさまざまな顧客が想定されますが、優先度の高い仮説検証から行う必要があるため、ここでは「最たる顧客が誰なのか」を話し合いましょう。
仮説検証の精度を高めるには、年齢や性別、住んでいる地域、趣味趣向といった明確な顧客像を設定することが重要です。法人向けのクラウドストレージを提供すると仮定して、実際に顧客像(具体的な人物像=ペルソナ)を設定してみましょう。
年齢:30代後半
性別:男性
勤務先:投資用不動産や金融商品関連のウェブメディアを運営する上場企業
担当部署:メディア事業部
改善したい業務:部署間でのスムーズかつ安全なファイル共有
ペルソナを設定したら、その顧客が抱えている「最も重要な課題」を特定します。顧客が日常的に抱えている悩みや不安を列挙し、その中から最も重要と思われる課題を選びましょう。
3.解決策(ソリューション)を考える
次は、最たる顧客が抱えている課題の「解決策」を考えます。上記と同じケースを想定して、実際に解決策を考えてみます。
- クラウド上でファイルを暗号化し、そのまま共有できるストレージを利用する
- 部署ごとに権限を切り替えられるファイル共有プラットフォームを導入する
- ビジネスチャットツールを導入し、ファイル送信の際にパスワードを設定する
上記のように解決策をいくつか出したら、最も有効と思われる解決策を1つだけ選びます。実際の有効性は以降のプロセスで検証するため、最初は「最も有効な解決策」であることを優先し、「確実に解決できること」にこだわる必要はありません。
4.最優先で検証すべき前提条件を決める
解決策の設定まで進んだら、最優先で検証すべき前提条件を決めます。前提条件とは、ここまでに設定した「顧客・課題・解決策」が成立する条件のことです。
前述の例で「クラウド上でファイルを暗号化し、そのまま共有できるストレージを利用する」を解決策に選んだとして、どのように前提条件を立てるのか一例を紹介します。
- メールでのファイル共有にセキュリティ面の不安を感じている
- ファイルの自動削除は紛失のリスクがあるため、暗号化が望ましいと考えている
- 暗号化やファイル共有までの時間が短ければ、新しいシステムでも抵抗感はない
前提条件についても、基本的にはチームでアイデアを出し合うことが望ましいでしょう。仮説を一通りリストアップしたら、以下のポイントを意識して最優先で検証すべきものを決定します。
- その前提条件が崩れたときに、ビジネスにどれくらいの影響が出るのか
- その前提条件はそもそも検証が必要なのか(自明ではないのか)
- その前提条件が変わる可能性はあるのか
選んだ前提条件をもとに検証を行うことになるため、優先度は慎重に判断しましょう。
なお、すでに強力な競合や代替品が存在していると、新たなビジネスとして成立させることは難しくなります。この段階で自社の独自性や優位性が見当たらない場合は、2つ目のプロセスからやり直してください。
5.検証方法や基準を決める
次に、前提条件を検証するための方法と、仮説が成立するといえる明確な基準を考えます。
検証方法については、ウェブや書籍による情報収集で完結することもあるでしょう。データが不足している場合は、ユーザーへのヒアリングやアンケート、インタビューなども検討する必要があります。
検証結果の基準については、定量的な数値を設定することがポイントです。例えば、前提条件として「暗号化やファイル共有までの時間が短ければ、新しいシステムでも抵抗感はない」を選んだ場合は、以下のような基準が考えられます。
- ファイルの暗号化まで1つの操作で終われば、〇%の顧客はストレスを感じない
- 暗号化からファイル共有までが3分以内であれば、〇%の顧客は早いと感じる
どのような検証結果であれば「仮説が正しかったといえるのか」を意識して、具体的な数値を設定してみてください。
6.実際に検証して仮説を修正する
実際の検証が完了したら、その結果をもとに前提条件を修正します。修正した仮説はジャベリンボードの2列目に記載し、ここからは以下の手順を繰り返します。
- 前提条件を修正し、ジャベリンボード(2列目)に記載する
- 検証方法と基準を決める
- 実際に検証する
- 前提条件を修正し、ジャベリンボード(3列目)に記載する
(※以下、繰り返し)
第三者から見ても「このビジネスは成立する」と判断できる検証結果を得られるまで、同じ作業を繰り返しましょう。
ジャベリンボードの活用例
ここからは一例として、主にフリーランスが利用することをイメージしたコワーキングスペース型の飲食店を開業するケースを想定し、ジャベリンボードに記載する情報を整理してみましょう。実際のプロセスでは、ブレインストーミングによって複数のアイデアを出し合うことが多いため、箇条書きの形式でまとめてみます。
(※ジャベリンボードに記載する内容は、冒頭に「○」をつけたもの。)
<顧客>
・パソコンで1日あたり10時間作業する、都内在住のフリーライター(40代女性)
・案件獲得のための営業で、ビジネス街に出向くことが多いエンジニア(40代男性)
○大きめのノートパソコンで作業をする、都内在住のイラストレーター(30代男性)
<課題>
・ノートパソコン用のモバイルバッテリーはバッテリー容量が少ない
○大きなノートパソコンで作業できる飲食スペースが少ない
・セキュリティに配慮したフリーWi-Fiの環境がない
<解決策>
○店内に大きめの個別ブース(左右60センチ)を設置する
・横長のテーブルを設置し、席の区切りをなくす
・必要に応じて設置できる、補助用のサイドテーブルを貸し出す
<最優先で検証すべき前提条件>
・気晴らしのために、外で1時間ほど作業できる場所を探している人が多い
・ターゲット層は作業スペースを求めており、メニューは軽食程度で満足する
○画面が18インチ(45.72センチ)程度のノートパソコンを使う人が多い
<検証方法>
・実際に機材や設備(個別ブース)を購入して配置する
○イラストレーターにアンケートを取り、必要なスペースをリサーチする
・ウェブ上でイラストレーターの仕事環境を調べる
<基準>
18インチ以内のノートパソコンで作業をするイラストレーターが全体の7割以上
検証の結果、仮に上記の基準を満たせなかった場合は、「画面が19インチ程度のノートパソコンを使う人が多い」のように前提条件を見直します。複数回の検証が完了すると、ターゲット層の求めている環境が分かるため、個別ブースの広さなどを設定しやすくなります。
ジャベリンボードはブラッシュアップが前提
ジャベリンボードはビジネスの仮説検証に役立ちますが、正しい手順で作業を進めないと大きな効果は得られません。また、最初から正しい仮説を立てることは難しいため、ブラッシュアップを前提に計画する必要があります。
労力はかかりますが、仮説立ての精度が上がると検証回数が減り、結果としてコストを抑えられる可能性があります。事業のリスクを下げることにもつながるので、ぜひ作成してみましょう。
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