昨今、人間の感情を分析できる感情認識AIの活用事例が増えています。ヘルスケアや教育、さらにはエンターテインメント分野において、AIが人間の感情をどう認識し私たちの生活や仕事をどう変えていくのでしょうか。本記事では、それぞれの分野ごとに活用事例を紹介します。
オフィスでの活用事例
オフィスでは、働く人たちの感情をAIに認識させ、それに応じた施策を講じることで職場環境を改善しようとする試みが行われています。
オフィスにいる従業員の感情を分析 (テックファームとコクヨの共同研究)
テックファーム株式会社とコクヨ株式会社は、次世代オフィスワークの共同研究を進めています。この研究は、会議中の表情や音声をAIで分析して感情を可視化することで、オフィス環境の改善と働く人の健康促進を目指そうというものです。
共同研究の内容は、まずオフィス各所に360度カメラを設置し、リアルタイムで映像と音声データを収集・分析します。この映像と音声データの分析を通じて、「笑顔率」などの指標を算出し、従業員のリラックス度を測定します。
この研究は、従業員の幸福度向上や労働環境の改善に貢献し、次世代のオフィスワークを実現することを目指しています。
参考:テックファーム「表情×音声のAI分析で働く人の健康を考えたオフィスの共同研究」
Web会議を円滑化(心sensor for Communication)
『心sensor(こころセンサー) for Communication』は、感情認識AIを活用して、Web会議参加者の声のトーンや表情から感情を読み取り、それをアバターの表情や動きでリアルタイムに再現します。カメラをオフにしたまま参加者の感情を他の人に伝えることができるので、対面の会議やいわゆる「顔出し」のWeb会議でなくてはできないと思われていた、感情を踏まえたコミュニケーションが行えるようになります。
結果として、Web会議でも対面に近い理解と共感が生まれ、ジェスチャーコミュニケーションなどプラスアルファの価値も加わります。Web会議の参加者間にありがちなコミュニケーションの誤解を減らし、効率的で生産的な会議の実現が期待されます。
参考:Affectiva「心sensor for Communication」
顧客サービスや接客など業務改善での活用事例
感情認識AIを用いて、顧客サービスを向上させようという取り組みが始まっています。表情や声の調子をAIに認識させ、従業員の接客トレーニングに用いたり、コールセンターで顧客の声で感情を判別することによって顧客サービスの向上につなげたりしようというものです。
表情のトレーニング(心sensor for Training)
『心sensor for Training』は、Affectiva(アフェクティバ)社の感情認識AIを活用した表情トレーニングアプリです。このアプリは、PC、タブレット、スマートフォンに対応し、外出先でもセルフトレーニングが可能です。感情認識AIが表情筋の動きを解析し、他人に与える印象を評価・採点します。
営業や顧客サービスなどの実践的な応対場面にあわせた練習が可能で、応対前の緊張緩和や、応対中の会話の自信向上に役立ちます。社内研修や個人のスキル向上に適しているといえるでしょう。
このアプリには、練習モードと採点モードがあり、表情や感情の種類をリアルタイムで分析できます。トレーニング結果はグラフやアドバイスとしてフィードバックされ、練習成果を確認できます。すでに生命保険会社などでの導入実績があり、効果を上げています。
参考:Affectiva「心sensor for Training」
音声感情認識(Empath)
音声感情認識AI『Empath(エンパス)』は、話す人の声の高さや抑揚から感情を分析し、数値化・可視化する技術です。音声の物理的特徴から「喜び」「平常」「怒り」「悲しみ」及び「元気度」を含む5つの指標で感情を分析します。
『Empath』はリアルタイムでの解析が可能で、すでに多くの活用事例があります。例えば、東日本大震災被災地ではボランティアのメンタルケアに活用されました。また、コールセンターの応答品質の向上にも貢献しています。『Empath』を活用した『Beluga Box SaaS』(ベルーガ・ボックス・サース)というサービスでは、コールセンターでのオペレーターの感情や応答品質を分析しています。これによってオペレーターのメンタルサポートや顧客満足度の向上が図れると期待されています。
参考:シーエーシー「Empath」「Beluga Box SaaS」
マーケティングでの活用事例
感情認識AIは消費者の感情を把握し、嗜好にどのような傾向があるのかを探ったり、嗜好にあわせて広告出稿の方法を最適化したりするために使われ始めています。その事例をご紹介します。
消費者の感情を調査・分析(Emotion Capture)
「Emotion Capture」(エモーション・キャプチャー)は、動画コンテンツに対する視聴者の感情反応を分析するWeb調査サービスです。このサービスは、視聴者が動画を視聴する際の表情変化をスマートフォンやPCのカメラを通じて捉え、21種類の表情、7種類の感情、さらには2種類の表情指標を分析します。
従来のマーケティング調査で顧客の感情や感想を調査するのは時間と手間のかかる作業でした。この感情認識AIを用いたサービスを使えば、視聴者の感情反応をすばやく把握することができ、広告やプロモーション動画の効果を評価・予測しやすくなります。
参考:東急エージェンシー「Emotion Capture」
ソーシャルメディアでの感情トレンド分析(Quid Monitor)
「Quid Monitor」(クィッド・モニター)はAIを活用し、SNS、ブログ、レビューサイト、ニュース、掲示板など、3億ドメイン以上に及ぶ膨大なデータソースから、消費者の“本音”を見つけ出すツールです。
自然言語処理技術により、複数言語にわたるデータをリアルタイムで解析し、感情分析やトレンド予測を行い、ビジネスの各領域で活用できるようにします。50言語に対応しているので、世界の市場動向の把握やブランド分析、消費者の隠れたニーズの発見に役立ちます。
参考:TDSE「Quid Monitor」
教育・医療での活用事例
感情認識AIは、教育や医療の分野でも活用され始めました。生徒への教え方を改善するためや、障害を持った子供たちのために役に立つ用途も考えだされています。
学習体験の個別化(エルモのセンシング技術による感情分析)
テクノホライゾン株式会社の「エルモ」では、教育分野における学習体験を個別化(個々に合わせたアプローチ)する試みを行っています。
生徒が使用する端末のカメラをセンサーとして使用し、脈波や瞳孔の状態とった科学的に心理状態を反映すると証明されている情報を分析することで、授業に対する集中度や興味度などを把握します。
こうした感情分析によって、授業内容のどの部分が生徒にとって興味深いかを定量的に検証し、授業内容を工夫できます。また、長期的なデータ収集を通じて、いじめや不登校の兆候を早期に発見する可能性も期待されています。
参考:テクノホライゾン「文部科学省の「次世代の学校・教育現場を見据えた先端技術・教育データの利活用推進事業」採択のお知らせ」
小児の脳損傷リハビリを支援(Fight The Stroke)
Fight The Stroke(ファイト・ザ・ストローク)は、生まれつき脳に障害があり、手足が動かせない子供のリハビリを支援する団体です。こうしたリハビリ支援には、ミラーニューロンの研究成果が活用されています。ミラーニューロンとは、他人が行動するのを見た時、自分が同じ行動をしている時と同じ働きをする、脳にある神経細胞のことです。
手足が動かせない状態でも、他の人が手足を動かしているのを見て、真似をして動かそうという意思を働かせればミラーニューロンが活性化します。さらに他者への関心・共感といった感情によって活性化する特徴もあります。このような脳の働きを活用して、運動機能の回復を目指しています。
そこでFight The Strokeはリハビリを支援するプラットフォーム「Mirrorable」(ミロラベル)を開発しました。「Mirrorable」ではカメラから取得した他の人の動きの骨格のデータと、Affectiva社の感情認識AIのデータを活用し、医師のリハビリ方法の改善を可能にします。
参考:Affectiva「Fight The Stroke」
参考:Affectiva「Mirrorable for Young Stroke Victims Adapts with Emotion Technology」
セキュリティ分野での活用事例
人間の感情を認識する技術は安全面への配慮にも活かされています。例えば、自動車の運転支援での事例があります。
自動車業界での運転体験の向上(車内センシングAI「In-Cabin Sensing AI」)
Affectiva社が開発した車内センシングAI「In-Cabin Sensing AI」(インキャビン・センシングAI)は、世界最大級の表情と感情のデータベースを用いて、自動車に乗っている運転者や同乗者の感情分析をリアルタイムで行うことができます。
車内に設置されたカメラで、乗員の表情を収集し、喜び、怒り、驚き、眠気などの感情や、眉を上げる、笑顔、あくびをするなどの表情を識別します。運転者の注意が散漫になってきたり、眠気を催したりするなどの状態を特定し、事故予防に役立てるとともに、乗員にとってより安全な運転体験を提供できます。
参考:Affectiva「In-Cabin Sensing AI」
エンターテインメント分野での活用事例
感情認識AIは、エンターテインメント分野でも活用事例があります。音楽配信サービスにおいて、その時の気分に応じた音楽を提供できる技術が開発されてます。
エンターテインメントのパーソナライズ(自動選曲技術 by Spotify)
Spotifyは、感情認識AIを活用してユーザーの声や周囲の音から感情を分析し、そのユーザーに対して最適な音楽や映像コンテンツを提案する特許技術を開発しました。
この技術は、ユーザーの性別、年齢、感情、現在の環境を識別し、そのデータをもとにその人の感情やその場の雰囲気に合わせたコンテンツを勧めるものです。Spotifyは感情認識AIを用いることで、ユーザーの気分や状況に適したエンターテインメント体験を提供できるようになります。
参考:Google Patents「IDENTIFICATION OF TASTE ATTRIBUTES FROM AN AUDIO SIGNAL」
まとめ
感情認識AIの進化は、私たちの生活や働き方に変化をもたらしています。今回紹介した事例からは、AIが人間の感情を分析し、様々な分野で新しい価値を生み出していることが理解できたでしょう。感情認識AIのさらなる発展により応用範囲が広がることで、革新的なサービスが次々と出てくることが期待されています。
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