独立系SIerとして確かな基盤を持つ株式会社シーエーシー(以下、CAC)は、「CAC Vision 2030『テクノロジーとアイデアで、社会にポジティブなインパクトを与え続ける企業グループへ』」という中長期経営方針のもとで、2030年に向けて新規事業の創出を1つの大きなテーマとして推進している。新規事業開発では、今まで顧客からの要望を汲み取ってシステム開発に落とし込んできた従来の考え方を180度転換する必要があり、会社として新たな領域へのチャレンジとなる。
その一環として、2022年1月には新規事業開発本部を新設し、アカウントマネジャーとして実績豊富な中西英介が本部長に就任。今回はCACが新規事業の創出を推し進めている背景や今後の展望について、現在は取締役も務める中西氏に話を聞いた。
1999年、株式会社シーエーシー入社。大手クライアントの担当として実績を重ね、アカウントマネジャーとしても15年以上の経験を持ち、その後、営業部門の責任者、執行役員を経て2022年3月に取締役兼新規事業開発本部長に就任。
――これまでの経歴について聞かせてください。
中西 CACに入社してから15年ほど大手顧客を担当していました。最初は技術者としてアサインされシステム基盤の保守やトラブルシュート、新規システム化などを担当し、やがて、アカウントマネジャーを務めるようになりました。その後、特定顧客だけでなく産業システム領域全般の責任者、ソリューション営業責任者などを経て、2022年からは現在の新規事業開発を担当しています。最初に担当した顧客が新規事業創出が当たり前だった会社で、そのカルチャーの影響は強く受けていると思います。
――新規事業開発本部長に就任した経緯を教えてください。
中西 そもそも、我々役員の中から西森(良太)社長へ提言したのです。2030年というゴールを考えたときに、現業の売り上げはどこかで半減、もしくはそれ以下になる可能性もあるので、今のままではだめだと。プロダクト&サービスといったアセット型ビジネスと、自社製品を導入提案するコンサルティングの合わせ技といった、受託からベクトルを真逆にしたビジネスを、当社の主軸にすべきだと思いました。
提言したものの、新規事業開発を担当することに最初は大きな不安がありました。経験がなく、右も左もわからない。収益面での貢献もすぐにはできないので、私が今まで積み上げてきた実績は認められていないのか、私の力は必要ないのかと悩んだ時期もありました。しかし、西森(良太)社長からは、企業の持続的成長にとって最重要である次世代の事業開発を任せるのであって、大きな期待をもっての大抜擢、との話があり、それ以来一心不乱、全力で取り込んでいます。
今は任せてもらって良かったと思っています。毎日楽しくて仕方がないので、向いているのではないかと(笑)。
――なぜそういった提言をしたのですか。
中西 現状の延長線上で2030年までの事業計画を立てようとしたら、有名なファシリテーターの方(当時の社外取締役)に「何も考えていない」「それは経営の仕事ではない」と怒られたんです。そこでいろいろな人と話し、世界の動きなども勉強していく中で、我々の仕事はいずれなくなる可能性があるのでは、という考えを持つようになりました。会社がなくなるかもしれないという危機感から、数人のチームで新規事業開発を含めて新たなビジョンを提言したという流れです。
我々はSIerとして今の立場でいるべきかどうかという選択を迫られています。統合などが進んで、今、この業界は上下がはっきりしてきています。1兆円プレーヤーを含む売上高2千億円以上のプレーヤーがいて、一方で、我々のような数百億円規模の中規模プレーヤー、さらに多数の小規模のベンダーという業界の多重構造です。その構造からどうやって抜け出すかを考えたときに、まずはプレーヤーの統廃合や淘汰が予測されますので、2千億円規模を目指さないと生き残れないだろうなと思いました。やり方として、どこかと経営統合していくのか、自分たちが別のビジネスで成長していくかの2通りがあります。その中でも、我々は技術力といった独自の強みを活かし、新たなビジネス形態を加え変化していくことで持続的な成長を続け、チャレンジしていきたいという結論になりました。
――既存の受託事業の割合も明確に減る想定を示しています。
中西 経営陣は減ると思っているのだと、社内に示す意図もありました。それは強烈なメッセージだと思います。自分がやっている仕事が減っていくときに、「あなたは何をするのか」、そう問いたかったんです。
――『CAC Vision 2030』の中で、2025年までをフェーズ1、その後をフェーズ2としています。ここまでの進捗をどのように捉えていますか。
中西 ここまでは既存事業を継続して伸ばしつつ、一方で3つのベクトルを逆に向けようと取り組んできました。1つ目は受託事業としてお客さまの要望を受けて仕事をしていたのを逆にして、我々からお客さまに提案、プロダクトの提供をする形にすること。2つ目は世の中に対してのアクションで、主にバックヤード(ITにおける開発・保守・運用など一般の消費者からは直接、目にはしないような仕事)で動いていた我々が表に出ていくこと。3つ目にマネジメントの逆転です。トップダウンのベクトルを逆転させ、ボトムアップ、人の創造性を活かしてビジネスを創っていくこと。マネジメントは人の創造性を育み伸ばす環境を創ることを意識しています。今はどれも道半ば、むしろ始まったばかりです。
――新規事業開発本部の立ち上げ当初はどのような課題にぶつかりましたか。
中西 マネジメントが一番の懸念事項でした。受託開発をやっていたので、常に部門長やPM(プロジェクトマネジャー)の指示で動くことに慣れています。そういったトップダウンの体制を真逆にすることをずっと考えてきました。今求められているのは創造的人材です。自分で、機会を見つけて解決の道を探っていく、答えのないことに答えを見つける取り組みです。本来の創造性を取戻し対応できる人材が出てくるのか、マインド転換できるのかは心配でしたが、思っていた以上に「いけるな」と手応えを感じています。
――新規事業開発本部という新たな組織づくりにあたって、参考にした事例はありますか?
中西 スタートアップのための本をかなり読んで、その手法を取り入れています。企業内にスタートアップを支援するスタートアップスタジオを創りました。そこでは、基本的に起案者が1人で事業を立ち上げようとするので、メンバーはある意味で孤独だと思います。それぞれの取り組みは社内で全て公開されていて、それを見てアドバイスをしたり、その取り組みにメンバーとして参加したりといった横のつながりはありますが、個々が自分の信じたこと、解消したいこと”Will”に 向かって情熱を注ぐことで創造性を発揮し、突破力を持つことを目指しています。大変苦労している人もいますが、私は「悩み続けていいよ」と伝えています。悩み続けることでしか答えは見つからないし、それが成長につながるので、悩む時間やつまずくこともとても大事なのだと。
――組織づくりにおいて、印象的なできごとはありますか。
中西 音声感情解析AIのサービスである『Empath』の事業譲受と、その時の変化がとても印象に残っています。『Empath』事業は我々とは発想もスピードも違ったので、『Empath』のメンバーの参画でみんなの雰囲気がガラッと変わりました。彼らのような考え方自体は我々も取り入れていましたが、実践している人を目の当たりにしたことが大きかったんじゃないかなと思います。
身近に新規事業開発のロールモデルができたことで、私自身のマインドセットも変わりました。例えば、『Empath』のメンバーが社員になる際に自身の価値を客観的に示し、報酬の交渉を行うなどまさにプロフェッショナルな人材でした。これまでのCACにそういう行動をとる人たちは少なかったし、そういう行動を違和感なく受け入れる組織風土や制度もなかったので、「あ、全然カルチャーの異なる人たちが来たんだな」と実感しましたね。
――CACの新規事業開発には、どのような特徴がありますか。
中西 ベースになるAI技術が我々の最大の強みです。AIを社会課題と結びつけて、事業のアイデアを発想するケースがほとんどです。画像認識や感情認識といった技術を用いてプロダクトに落とし込んでいます。またAIを地方創生、一次産業の領域に展開しているのも特徴です。そして、当然ながらシステムインテグレータですのでIT的な知見を持ちプロダクトやサービスを即座に形にする開発ができる、システム化、アプリ化の力は大きな強みです。一方で販売力などは課題です。
チームの特徴としては、プロダクトオーナーを主とした組織ということが挙げられます。たいていはプロダクトオーナーである新規事業の責任者が事業に関しては全て意思決定を行うので、上司の私が判断することはありません。予算も個々の事業に割り当てますので、その中で事業経営を疑似体験できます。また、私自身も新規事業の企画に携わっています。「何事もやってみなければわからない」と思っていて、自らも合間を縫って事業の検討をしています。事業を立ち上げるとなったら、私もプロダクトオーナーとして振る舞います。そこは他社とは違うフラットな組織構造なのかなと思います。
――プロダクトオーナーが意思決定できる組織は、外部の起業家にとっても魅力的に映りそうですね。
中西 『Empath』の事業譲受から、「CACは新規事業開発に本気なんだ、社外からも人材を受け入れるんだ」という雰囲気が伝わって、色々な方からお声がけいただくようになりました。我々のやり方を紹介すると、「だったら私もやらせてほしい。私の方が上手くできる」と提案してくれるケースも増えました。もちろんビジネス構築の資金は当社が賄ったり、シェアしたりすることが可能です。柔軟に対応しています。
現業のシステム開発・運用という事業基盤、安定性を持った企業が、スタートアップに近い手法で新規事業に取り組んでいるというところに魅力を感じていただいているのかなと思っています。
――どのような人材に集まってほしいと思いますか。
中西 言葉にして多様性を狭めたくないのですが、自分で何かを見つけてのめり込める人、走り続けられる人でしょうか。会社からやらされたものは続かないと思うんです。でも、自分が見つけてきたチャンスであれば、覚悟を持って走り続けられると思います。また、その中でも得意な役割があって、0→1がすごく得意な人もいれば、1→10が得意な人もいます。全員が0→1でなくていいので、自分が得意なことを見つけて、責任を持ってやれる人と一緒に仕事がしたいですね。
――ここまでの取り組みを踏まえて、今後の展望を教えてください。
中西 今、何とかスタートラインに立つことができました。おそらく多くの企業は新規事業を開始することに躊躇するケースが多く、それにより成功確率が1000分の3という世界にいるのだと思っています。市場に出してみてフィットさせるためにいくら机上で考えてもつかみ切れないことは多いので、まずは始めてみる、ということが大事だと思います。我々は事業を始めまでのステップは確立できたので、これからは本格的に事業として成立させること(数字にしていく)に力を入れていきます。
私の継続したチャレンジは、創造的人材をどう増やしていくか、強化育成していくか、です。外部から引き入れるパターンや、社内で育てるパターンもあるでしょう。外部人材の場合は、CEO経験者や新規事業立ち上げの経験者を招き入れて、委託として事業を立ち上げてもらう形で進めています。いわゆるEIR(Entrepreneur In Residence:客員起業家)ですね。ただ、彼らは会社に事業を残すけど、人は残らない状況になるので、それがCACにどういう影響を与えるかはよく見ていかないといけないです。一方で競争を促し、社員の強化につながると期待しています。
個人的には外部の優れた人材と対抗できる社内の人材が多数出てきてほしいです。そうなってくれば、外から来た人がプロパー社員のロールモデルに収まるのではなく、ライバルとして高め合う流れができると期待しています。
――最後に、これから新規事業開発を志す人たちへのメッセージをお願いします。
中西 新規事業開発それ自体は、企業の持続性を保持するサイクルとして、どの企業でも必要な取り組みだと思います。さらに昨今はテクノロジーの目まぐるしい進歩で1つの事業の寿命が短くなっています。ですから、新規事業開発を特別なことだと思わないでいいと思っています。
また、2023年は生成AIの浸透などでAIに対する認識が大きく変わりました。根本的に社会が変わる可能性がある中で、人間は何をしていくのかが問われます。決まったことを処理するのは人間でなくてもいいという社会が直近に迫っています。新規事業の開発に取り組んだり、自ら創造して新しい価値を生み出していく人材でないと、社会で生き残れなくなるかもしれません。目の前の仕事を一生懸命やることは大事ですが、同時に時代の変化を感じ、自分の創造力を発揮した仕事をしていく、という選択肢を考えていくことも大事なのではないかと感じます。
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