
近年、ITなどの先端技術を活用した「スマート水産業」が注目されています。その背景にはエサ代の高騰や海洋環境の変化などがあり、国内の漁獲量は1980年代から減少が続いている状況です。
ITを駆使したスマート水産業が浸透すると、養殖業界はどのように変わるのでしょうか。本記事では、水産業のうち、特に養殖業でIT技術が求められる背景や、IT技術の可能性についてご紹介します。
水産業でIT技術が求められる背景
水産業でIT技術が求められる背景には、水産業が直面するさまざまな課題があります。
漁業・養殖業の国内生産量は1984年をピークに下がり続けており、生産額もピーク時の半分程度にまで落ち込んでいます。特に海面漁業の落ち込みが著しくなっています。要因はいくつか考えられますが、気候変動や環境汚染による影響が大きいと考えられていることから、海洋環境を保全する取り組みが注目されるようになりました。
養殖業(海面養殖業と内水面養殖業の合計)の生産額は比較的安定していますが、それでも、インフレによるエサ代の高騰や、次世代人材が興味を示しにくい職場環境など、多くの課題に直面しています。現状が続くと水産業自体が廃れてしまうリスクがあることから、近年ではIT技術を活用した「持続可能な水産業」が求められています。
水産庁が推進する「スマート水産業」
水産業へのIT活用は、水産庁も「スマート水産業」として推進しています。
スマート水産業とは、最新のテクノロジーを活用して水産業の効率化と持続可能性を追求する取り組みです。IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)、ビッグデータ解析を用いて、養殖や漁業の管理を最適化します。
たとえば、センサーを使って水質や温度をリアルタイムで監視し、最適な環境を維持することで、魚の成長を促進します。また、漁獲量や生態系のデータを分析することで、過剰漁獲を防ぎ、持続可能な資源管理を実現します。
これにより、効率的な生産と環境保護を両立させ、食料供給の安定化を図ることが可能になります。さらに、流通構造の改革や人材育成の取り組みも進められており、たとえば人材バンクの立ち上げなども実施されています。
養殖のスマート化には資金や高度人材が必要になるため、国や自治体のサポートを受けながら進める方法も選択肢になるでしょう。たとえば、水産庁はスマート水産業普及推進事業の一環として、伴走者の派遣や勉強会などを実施しています。
IT技術で変わる養殖業の姿とは
最先端のIT技術を導入すると、養殖業はどのように変わるのでしょうか。ここからは、AI(人工知能)やDXツールなどで実現できることや、従来の養殖業にもたらす影響を解説します。
1.水質検査の自動化

出典:PRTIMES 遠隔で24時間リアルタイム水質監視を行う「IoT水質センサー」新機能をリリース
養殖場にセンサーを設置し、取得したデータをクラウド上に送信するシステムを導入すると、水質検査の自動化が可能になります。異常時のアラート機能が備わっていれば、災害などの急なトラブルにも対応できるでしょう。
ソーラー電源や携帯電話回線などで稼働するシステムがすでに登場しているため、設置場所が大きく制限されることもありません。水質データの蓄積により、換水のタイミングやエサの投入量を最適化するような効果も見込めます。
2.環境情報や生育データの自動測定
養殖業に活用できるセンサーには、ほかにも温度計や水温計、揺れを察知するものなどがあります。このようなセンサーを設置すると、定期的またはリアルタイムでの環境計測が可能になるため、飼育環境の最適化に役立ちます。
また、AIを搭載した魚体サイズの測定カメラも、すでに実用化が進められています。クラウドとの連携機能があれば、リアルタイムで測定した生育データを時系列に記録することも可能です。
IT技術には多様な組み合わせがあり、工夫次第では飼育環境が劇的に改善されます。たとえば、生育データの自動測定器と水質検査システムを併用すると、水質が生育に及ぼす影響を可視化できるでしょう。
3.給餌の遠隔化や自動化

出典:PRTIMES ウミトロン、愛媛県愛南町との2年間の研究契約を完了。スマート給餌機「UMITRON CELL」で養殖マダイの高成長を達成
生け簀や水槽を監視するライブカメラと自動給餌器を組み合わせると、スマートフォンなどで遠隔から給餌ができます。手作業によるムラが生じず、頻繁に現地を訪れる必要もなくなるため、過剰投入していたエサ代や人件費などを削減できるでしょう。
AIが搭載された自動給餌器では、作業自体を自動化することが可能です。行動観測データや生育データの活用により、AIが適切なタイミングを判断してくれるため、手動より作業精度が高まる場合もあります。
給餌の負担をさらに抑えたい場合は、給餌量の測定センサーや餌搬送機も選択肢になるでしょう。養殖業の給餌には大きな労力がかかるため、IT技術による遠隔化・自動化は業務効率や生産効率の改善につながります。
国内の事例としては、双日株式会社によるマグロの養殖があります。双日はかつて、経験則に基づいた給餌作業を行っていましたが、水温などをデータ化する目的でセンサーと可視化アプリケーションを導入しました。多様なデータの相関性や関連性をAIに解析させて、給餌の量・タイミングを最適化するプロジェクトを進めています。
また、個体数の自動カウントを目指している同社は、高性能水中カメラやディープラーニングの技術も導入しました。実証実験の段階ではありますが、将来的には養殖業全体のコスト削減や効率化につながることが期待されています。
参考:双日 クロマグロ養殖にデジタル変革を。スマート養殖プロジェクトにみる、商社×研究機関の理想のかたち
4.ノウハウの可視化

出典:総務省 奥尻町におけるICT漁業を利活用したリソース・シェアリング実装事業
IT技術を活用すると、長年の感覚に頼っていた部分や、視覚的にはわかりにくい技術などがデータ化されます。ベテラン飼育員などのノウハウを可視化できるため、高度な人材を育成しやすくなったり、より生産効率の高いシステムを組めたりする効果が期待できます。
たとえば、海面養殖で給餌量を細かく調整するスキルは、潮流や天候のビッグデータと生育データを紐づけることで可視化されます。北海道奥尻町では、ベテラン猟師の勘を可視化する取り組みが行われ、後進の育成に活用された実績があります。ここで使われた海水温観測ブイで水温・潮流・塩分などの情報を観測するシステム「うみのアメダス」、デジタル操業日誌を用いて海の資源情報を見える化するシステム「うみのレントゲン」は北海道留萌市などでも使われています。
参考:「海と日本プロジェクト in 東京」いいね!じゃぱん 未来につなぐ海のテクノロジー「海の資源を守る」
5.安定した陸上養殖環境の構築

出典:PRTIMES【陸上養殖に新たな可能性】ベルデアクア、微生物不要の「VA式電解ろ過システム」を販売開始
陸上養殖とは、陸地に創設した人工的な養殖場で魚などを飼育することです。魚種や区画漁業法などの制限を受けづらい手法ですが、細かい水質調整や大がかりな設備が必要になることから、主にコスト面の課題が指摘されてきました。
海面養殖に比べると、現在でも資金面でのハードルが高い傾向にありますが、IT技術の進化によって状況が変わりつつあります。たとえば、物理ろ過や生物ろ過が一体になった機器、省電力で稼働できる機器などが登場し、小規模なものでは1,000万円程度で導入できるパッケージもあります。
水質についてもセンサー類で対応できるため、以前より陸上養殖の環境は安定しやすくなりました。その影響もあり、陸上養殖に参入する国内事業者は2016年ごろから増加しています。
参考:水産庁 栽培養殖課「令和4年度 陸上養殖実態調査委託事業の結果概要」
千葉県に本社を構えるA’Culture株式会社も、陸上養殖に挑戦している国内企業です。同社は水槽にICT機器を導入し、飼育するアワビの監視やデータ収集などを一元化するシステムを構築しました。人件費を大幅に削減できる仕組みを実現したことで、2023年には初出荷に成功しています。
また、水流を生みだせる特殊な水槽をつかい、排泄物などの不純物を押し流している点も同社の工夫です。常に手入れされた水質を保つことで、アワビにストレスがかからない飼育環境を実現しています。
参考:公益財団法人千葉県産業振興センターA’ Culture株式会社 SDGs時代の陸上養殖
6.資金調達を目的にした担保価値の自動算出

養殖業で活用されるIT技術を発展させ、資金調達に役立てようというフィンテックの試みもあります。
たとえば、株式会社シーエーシー(以下CAC)が開発した『FairLenz(フェアレンズ)』は、養殖で育った魚のサイズや数量をセンサーや画像認識AIで検知し、その資産価値を自動算出するシステムです。
<FairLenzの主な特徴と機能>
AIによる魚体検知
生け簀内の映像を解析し、魚の数や体長を測定
資産価値の算定
魚の市場価値を基に資産価値を評価
養殖業のDX支援
養殖業者の働き方改革を促進し、資源高騰や従事者不足といった業界課題の解決を目指す
また、CACは養殖事業の新しい経営モデル創出に取り組むため、スマート養殖事業を行う新会社「株式会社ながさきマリンファーム」を設立しています。この新会社で、『FariLenz』で算出する養殖魚の資産価値データ(動産データ)を利用し、養殖業者の金融機関からの資金調達を円滑にする仕組みづくりの実証も進める予定です。
スマート養殖のためのシステムをお探しの養殖事業者様、養殖業向けの動産担保融資に携わる金融機関様はこれらを検討してみてください。
>>井場辰彦『FairLenz』プロダクトオーナーインタビュー 長崎の海から養殖業に革命を 生け簀の魚を“資産化”する漁業FinTech『FairLenz』
意思決定の自動化と最適化
水産業のDXツールには、生育データなどをもとに自動で意思決定を行うシステムも存在します。AIの学習モデルやデータの内容次第では、ヒトよりも高精度の判断が可能になるかもしれません。
たとえば、サンフランシスコのスタートアップであるAQUABYTE社は、養殖業に特化した意思決定システムを開発しています。同社のパッケージには、1日で 100万枚以上の高解像度画像を撮影できるカメラや、水深・水温を測定するセンサーなどが含まれます。
これらのデータを利用すると、魚に寄生するシラミの有無や傷の有無を検出して健康状態を把握したり、魚の食欲を見ることで適切な餌の量やタイミングの判断をしたり、各個体の育成状態から収穫時期の最適化や品質管理をしたりできます。膨大なデータを自動的に収集することで、大規模な養殖場でも生産プロセス全体が可視化され、日々の業務効率や作業精度を高める効果が期待できます。
参考サイト: Aquabyte - Smarter data-driven decision making
養殖DXでスマート水産業を実現しよう
漁業・養殖業は、環境変化や人手不足、コスト増加といった課題に直面しており、ITやAIの活用が急務となっています。本記事で見てきた通り、養殖業については水質管理の自動化や生育データのリアルタイム分析、給餌の遠隔操作など、最新技術の導入によって業務効率と生産性の向上が可能になります。
また、資金調達の課題を抱える養殖業者にとって、AIを活用した資産評価は新たな解決策となるでしょう。『FairLenz』は、養殖魚のサイズや数量を推定し、担保価値を算出することで、金融機関からの融資を受けやすくするサービスです。
ITやAIを活用して、持続可能な水産業、養殖業を実現しましょう。
関連記事
・AIの力で養殖業界の変革を目指す『FairLenz』 開発におけるマネージャとメンバーのコミュニケーションの重要性
・スマート漁業とは? 導入の効果や課題、活用事例を解説
・新規事業開発の源は技術開発にあり CACを根底から支えるR&D本部の役割