「役員のそばにいるアシスタント」で「アポイントを取り次いでくれる人」。多くの人にとって秘書は、そうした“見た目”のイメージが強いことでしょう。詳細を明かされない経営の中枢近くで実際にどんなコミュニケーションを取っているか、外部からは想像するほかありません。会社ごとの違いも大きく、現職秘書であっても「他社のやり方はよく知らない」という方が少なくないはずです。
そこで今回は、役員秘書や後進の指導者として実績豊富なエキスパートである丸山ゆかり様(一般社団法人日本秘書協会 元専務理事・認定講師)を迎え、秘書室システムOliveを統括する株式会社シーエーシーの情野涼子(新規事業開発本部 Olive事業推進室 室長)と、ユーザー対応を担う伊藤文(同室)がクロストーク。近年変化が加速しているという秘書の職場でのコミュニケーション手段と、トレンドの先にある秘書業務のイノベーションについて語り合いました。
秘書と役員は、こんなチームで動いている
−丸山様はお仕事を通じて、秘書が働く現場の事情をよくご存じと伺いました。
丸山様(以下敬称略):はい。私は大学卒業後、大手製薬会社の社長秘書と秘書室の管理職を、合わせて約14年務めました。その後化粧品・ヘルスケアの分野で経営に参画し、現在は自ら会社を経営していますが、この間20数年以上、秘書教育にも深く携わってきました。
秘書のスキル向上を図る団体である、一般社団法人日本秘書協会の役員を長く務めてきたほか、企業が社内で行う秘書研修の講師・コンサルタントとしてもさまざまな実務の現場に触れています。
−特に大企業は、役員の数も秘書の数も多いと思います。どのようなチームで仕事をしているのでしょうか。
丸山:多くの大企業は「秘書部」「秘書室」などの名称で秘書部門の組織を設けています。その位置付けとしては、主に3種類に分けられます。1つ目はトップに直結する形、2つ目は各部門と並列、そして3つ目は他部門、例えば社長室・総務部・経営企画部・広報部などに所属する形です。
役員と秘書の配置は、「役員1人に秘書1人が付く」構成が基本で、経営トップには「1:複数」、社外取締役や監査役には「複数:1」の構成もみられます。また、秘書の働き方改革の観点から、一人の役員に対してメイン秘書とサブ秘書といったフォロー体制としている企業もあります。
この他、会社の規模にもよりますが、事業部などで「執行役員」に秘書が付き、その事業部の業務サポートも兼務するということもあります。ここでは取締役以上の秘書などと連携しながらも、あくまで現場側の1スタッフとして責任者を支えています。
業務適性が問われる秘書の仕事では、一度配属された社員が長く続けるケースが多く「ある役員を専属でずっと担当している」という方も珍しくありません。ただ最近は他のポジションと区別しないジョブローテーションも増え、会社ごとの違いが大きくなっています。
情野:秘書室システムのユーザー対応などで私が直接うかがった経験でも、秘書課・秘書室といった専門部署は置かない代わりに、経営企画部門などで同様のチームを設けている会社がありました。
伊藤:総務部門などに所属の方が、役員秘書を兼ねているというケースもありますね。
丸山:部署や組織階層の構成は会社によってさまざまですが、総じて言えば、それらの構造がシンプルな会社ほど、経営上の意志決定がトップ1人に集中する傾向があります。社内に複数いる秘書が全員で社長のサポートをしている会社もありますし、「ベテランの庶務担当者が実質的に社長秘書の役割をしている」というケースも、特に中小企業では多いですね。
「部屋をノックしメモを手渡す」職場でも「チャットOK」が主流に
−秘書の仕事内容は、大企業と中小企業で変わりますか。
伊藤:規模に応じて変わるというよりは、これもトップの方針で決まる部分が大きいのではないでしょうか。特に、カリスマ的な創業経営者がいる企業の役員秘書は、直接付いている役員はもちろん、トップの意向も常に意識して動かれている印象があります。
情野:規模の影響があるとすれば、慶弔・贈答などの「お付き合い」だと思います。例えば「秘書が今でも礼状を手書きしている」会社は、中小企業に多いと思います。
丸山:ビジネスライクに割り切って年賀状なども廃止できる大企業と違い、企業間のお付き合いでも人と人とのつながりが大切だからでしょうね。大抵のことはメールで済む時代だからこそ丁寧な手紙で印象づけたい。できれば直接会い、相手が喜ぶ手土産を渡して関係を深めたい。秘書の方々は、そんなトップの思いを実践しているのでしょう。
−秘書とボスのコミュニケーションについてはどうでしょうか。
伊藤:リモート会議が定着したコロナ禍を経て、オンラインでの情報共有が完全に当たり前になった気がします。
丸山:明らかにそうですね。コミュニケーションの方法と感覚が、劇的に変わりました。従来ボスの部屋にノックして入り、手書きメモで用件を伝えていた秘書がチャットで報告する。常時パソコンを開いているボスも、隣の部屋の秘書にチャットで質問を投げかける。かつては考えられなかったそんな光景が、すっかり定着した会社も多いです。
−すぐそばにいても、役員と秘書はチャットで会話しているのですか。
丸山:一般的なビジネスシーンと同様、その都度もっともふさわしい手段を選んでいるようですね。緊急かつ重要な報告は引き続き対面でメモを差し入れる一方、イエス・ノーだけ確かめるときはチャット、後日見返すことになりそうなやり取りは検索しやすいメールといった風に、使い分けが進んでいます。
情報共有の手段を使い分けるのは秘書の間のコミュニケーションでも同様で、一回限りの意見集約では手っ取り早くグループチャットを使いながら、一連のプロセスが重要となる大きなトピックの場合は、必ずメールで記録を残しているようです。
業務を変えるボールは、現場が持っている
−秘書室システムの導入を提案している伊藤さんにうかがいますが、コミュニケーションの方法が変わると、システムの運用にも影響がありますか。
伊藤:かなり影響します。背景から説明すると、秘書業務では予定や連絡先を管理し、面会や贈答品の記録を残しますが、こうしたデータの“器”となっているのは、相当前に構築された自社専用のシステムや、項目別のExcelファイルです。
一方、オンラインのコミュニケーションが浸透し、Outlook、Teamsといったグループウエアや名刺管理などのWebサービスを全社で使うようになりました。そのため、これらのツールで保存するデータと、秘書業務で管理するデータを一本化するか、相互に連携させる必要が出てきました。
実際には、汎用的なツールで秘書業務の全てに対応できないことから、秘書業務専用のシステムとデータを自動連携させるか、データをエクスポートし従来のようにExcelファイルで管理する方法が検討されます。ここで前者の機能開発の困難さや、後者の作業の煩雑さが明らかになり、データ連携に強い秘書業務特化型のツールをご検討いただく流れが多くなっています。
−汎用のツールではなく秘書業務に特化したツールを使うメリットを、製品に詳しい情野さんからもう少し説明いただけますか。
情野 まず言えるのは、特化型のツールは多岐にわたる項目を一体管理し、煩雑な参照や転記が不要となるため、「業務効率の向上」に役立つという点です。
例えば役員に会食予定が入ったとき、手土産を準備する秘書は「相手との直近の面会はいつ・どこだったか」「先方から頂き物があったか、それは何だったか」などをチェックすると思います。特化型ツールは、これら全項目をまとめて記録・閲覧できるようになっています。
また特化型ツールでは「スケジュールの閲覧・書き込み権限の詳細な設定が簡単にできる」のもメリットです。これは特に、汎用のツールで“フルオープン”のスケジュール共有を試した結果、共有の範囲・程度を調整したいと感じられた企業から注目いただくポイントです。
一般に普及している主要なスケジューラーでも、共有範囲などの調整そのものは可能です。しかし、本人による複雑な操作が前提となり、難易度は上がります。しかも、スケジュール一つ一つで「ボスと秘書」「社長と他の役員」「役員同士」など共有範囲が変わりうるため、ツール導入時に秘書側がまとめて共有範囲のルールを設定するのがスムーズだと思います。
特化型ツールを使う第3のメリットは「データ活用」です。具体的内容を共有するかどうかにかかわらず、役員の行動履歴がすべて社内に蓄積されるため、将来的には「意志決定のパフォーマンスと行動の関係をデータから解明し、最適な条件を整える」といった応用が可能になるかもしれません。
−うまくツールを活用すれば秘書業務が効率化し、コミュニケーションも円滑になりそうですが、ボスである経営陣は、そうした取り組みに興味を持つでしょうか。
丸山 「テクノロジーの活用で秘書業務を改善し、生産性を高める」というミッションは、多くの企業の秘書部門が掲げています。
秘書部門では日々の業務に加え、これまで蓄積した膨大な情報をどのように管理するかが大きな課題となっています。特に、役員本人の業務にも直結するスケジュール調整や対外的な業務では、正確性と速さ、的確な対応が求められますので、生産性を高められる最善の方法という確信があれば、ボスが慣れ親しんだやり方を変えてもらう内容でも、臆せず提案してよいのではないでしょうか。
最後まで残る人の仕事を、技術でアシストする
−AIを筆頭にテクノロジーの進化は加速しています。それらを応用した新機能で、秘書業務にイノベーションを起こす計画はありますか。
情野 はい。秘書業務の中でも同じ手順を繰り返している工程を切り出し、自動処理機能をご提供して業務効率化に貢献できたらと考えています。業務の進め方は会社によってさまざまなので、ニーズが大きく、共通部分の大きいポイントを探っているところです。
丸山 ぜひスケジュール調整の効率化、自動化を進めてほしいですね。「役員のスケジュールを、全て秘書経由で調整する」という現在主流の方法には、改善の余地が大いにある気がします。リアルタイムで秘書とスケジュールを共有しているなら、役員が空いているところに直接予定を登録するほうが、明らかに手っ取り早いでしょう。これまでとは逆の方法も有り得るということです。
伊藤 確かに社内会議の日程調整などは、間に秘書が入らないほうがスピーディーに決まり、業務負担も減らせるかもしれませんね。
丸山 体感値ですが、役員のスケジュールのうち5割ほどは、秘書の介在なしで決められると思います。既にベンチャー企業では、役員自らスマホでスケジュールを登録、公開し、それに合わせて社員が動くスピード重視の運用が当たり前になっています。伝統的な大手企業も、将来的には技術革新が役員の意識を変化させていくでしょう。
調整作業の負担がネックであれば、日程候補を絞り込んで提示したり、過去データをもとに調整の優先順位づけを提案したりといった機能を、AIを使って提供してもよいのではないでしょうか。
−テクノロジーを活用した業務効率化に、現場経験の長いエキスパートがここまで前向きとは驚きました。
丸山 それは、秘書がもっと大切な仕事に集中できると思うからです。
経営に求められる判断の水準が年々高まる一方で残業規制は厳しくなっているので、いまの秘書の方々は目一杯のスピードでボスに併走し、時間内に濃淡を付けて仕事を乗り切る場面も多いと思います。しかし秘書の仕事は本来、先々まで見通した段取り、トップシークレットの取り扱いなど、人間だからこそ究められる奥深さが限りなく存在する世界です。どれほどテクノロジーが進化しても、秘書の仕事は最後まで残るでしょう。
かつてメールが登場した頃も「役員と直接連絡が取れれば、秘書は“蚊帳の外”にされる」と随分心配されたものですが、結局役員のチェックやレスポンスが追いつかなくなり「秘書をccに入れる」運用が定着しました。ですから今後も安心して「業務の質を高めるイノベーション」に挑戦するのがよいと思います。そのためには、秘書自身が最大限にツールを使いこなすことが大切です。
伊藤 臨機応変な緊急対応なども、プロフェッショナルならではのスキルですね。大切な仕事に集中する秘書の方々にとって「よきアシスタント」となるツールを、今後もご提供していけたらと思います。
情野 AIを活用したレコメンド機能を開発するかどうかですが、「優先順位の判断基準をどう定めるか」「ツールの使い勝手を保ちながら、AIの学習に適したデータをどう集めるか」など、いくつか課題も感じています。とはいえ、秘書業務のイノベーションに貢献できるチャンスであることを今回改めて実感しました。あきらめずチャレンジを続けたいと思います。
−秘書業務にまつわるリアルな事情、そして未来像がうかがえるお話でした。今回はお忙しいところ、ありがとうございました。